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京都地方裁判所 昭和46年(行ウ)13号 判決

原告 赤井勇

被告 左京税務署長ほか一名

訴訟代理人 川本権祐 岸本隆男 藤田康人 ほか八名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告左京税務署長が原告に対し昭和四四年一〇月二四日付でなした、別表(一)記載の各年度分の総所得額に対する各更正処分をいずれも取り消す。

2  被告国税不服審判所長が原告に対し、昭和四六年四月九日付でなした各裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告等の負担とする。

二  被告等

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は農業を営むものであるが、被告左京税務署長に対し昭和四一年ないし同四三年分(以下係争各年という)の所得金額に関し、それぞれの確定申告期日に別表(一)申告欄記載のとおり申告したが、同被告は昭和四四年一〇月二四日付で右各年度の原告の所得金額および税額を、別表(一)更正欄記載の金額と更正する処分を行ない、その旨その頃原告に通知した。

原告は右各更正処分に対し昭和四四年一一月二二日異議申立をなしたが、いずれも昭和四五年二月二四日に棄却されたので、同年三月二三日右各更正処分に対し審査請求をしたが、被告国税不服審判所長は昭和四六年四月九日付でいずれも棄却する旨の裁決をなした。

2  しかし、原告の係争各年分の所得金額は申告額のとおりであるから、前記各更正処分および審査請求を棄却する裁決はいずれも取り消されるべきである。

二  請求原因に対する被告らの答弁

第1項は認めるが、第2項は争う。

三  被告署長の抗弁〈省略〉

四  右抗弁に対する原告の答弁並に再抗弁〈省略〉

五  右再抗弁に対する答弁〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の右係争各年分の所得確定申告には、措置法第三八条の八第二項により同法第一四条の割増償却の適用がない(原告は、昭和三九年及び昭和四〇年に農地を売却して前記(1)、(2)の賃貸住宅を取得したのであつて、その譲渡所得につき同法第三八条の六(事業用資産の買換の特例)の適用を受けているから)に拘らず、前記(1)、(2)の賃貸住宅の不動産所得の計算につき同法第一四条の割増償却の適用あるものとして計算した誤りがあること、被告署長はその誤りを正し本件更正処分をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

三  原告は、本来なしえない割増償却をなしうると認識するに至つたのは、被告署長の送付した「申告の手引き」を信頼したためであり、右信頼を裏切る本件更正処分は、信義則に反し違法である旨再抗弁するので、その点につき判断する。

〈証拠省略〉によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は昭和四一年分の確定申告をするについて、被告左京税務署長から予め送付された「昭和四一年分所得税改正のあらまし」、「四一年分所得税の確定申告の手引」を読み、右記載によれば原告の前記事情のもとでも割増償却の適用があるものと考え、明細書を添付して申告したこと。

(二)  右「昭和四一年分所得税の確定申告の手引」の不動産所得C新建築貸家住宅の割増償却の項には、「昭和三二年四月一日以後に新増築した一定の条件に新増築した一定の条件にあてはまる住宅を貸付けた場合は、貸付けた日から五年間に限り、・・略・・通常の減価償却費の三倍の割増償却が認められますから、くわしくは税務署でお聞き下さい。」との記載があること。

(三)  原告は昭和四二年分の確定申告についても、被告税務署長からあらかじめ送付されてきた「四二年分所得税の確定申告の手引き」を読み、かつ前年度の申告について更正処分を受けなかつたこともあつたので、前記各建物に割増償却の適用があるものと判断して申告したこと。

(四)  右「四二年分の所得税の確定申告の手引き」の不動産所得C新築貸家住宅の割増償却の項にも前年度と同様の記載があること。

(五)  昭和四三年分の確定申告に際しては、「確定申告の手引き」は送付されてこなかつたが、原告は昭和四一年、同四二年と同様割増償却の適用があるものと考え申告したこと。

(六)  「四三年分所得税の確定申告の手引き」の不動産所得C新築貸家住宅の割増償却の項には前年度と同様の記載の外「なお、その住宅を買換資産などとして譲渡所得の計算の特例を受けた場合には、この割増償却は認められません。」との記載があること。

(七)  「所得税の確定申告の手引き」は国税庁において作成し、各税務署長より多数の納税者の利用に供するため平易を旨として所得金額等の計算に関する一般的事項を概括的に解説したものであること。

四  措置法第三八条の六(事業用資産の買換の特例)の適用を受けた場合には同法第一四条の割増償却は認められないのであるから、「昭和四三年分所得税の確定申告の手引き」の如くこの点を明示して記載しておれば、本件に於ける如き誤解を生ずる余地はなかつたと云える。それ以前の昭和四一年、四二年分の各手引の当該ケ所の記載は、同四三年分の「手引き」の記載と比較すると簡略にすぎ、右記載を読んだ納税者が買換資産として取得した場合にも割増償却が認められるものと誤解する余地がないとはいえないが、しかし同項の記載も、決して全ての新築貸家住宅について割増償却が認められるとしているものではなく「一定の条件にあてはまる・・」、「くわしくは税務署でお聞き下さい。」として割増償却の認められない場合もありうることを示しているのであつて、表現として適切なものとは言えないが、必ずしも誤つた解説をしているとはいえない。前記のとおり手引きは要するに、税法上格別の根拠を持つものではないが、多教の納税者のために所得金額等の計算に関する一般的事項を平易に解説したものであつて、所得税法、措置法に規定する事項を細大もらさず記載、解説し、すべての事項につきこれによらしめるとの趣旨のものではない。そして「手引き」が右の如き性質のものであることは、誰にも、その文言等から容易に判断し得るところであるから、その記載文言に適切でないところがあつたとしても、手引の右趣旨からして、原告の「手引き」に対する信頼を保護し、本件更正処分について信義則に反する違法ありとは云えず、又被告署長の本件更正処分が昭和四四年一〇月に到つて始めてなされ、それまで係争各年度の申告に対し何ら調査もなされることがなかつたが故に原告により一層右手引についての信頼を助長せしめたとの事情も右判断を左右するものではない。

五  右のとおり原告の信義則の適用がある旨の再抗弁は採用できない。そして原告は右原則の適用があり割増償却が認められるべきであると強調する以外、被告署長の主張する原告の係争年分の所得金額(被告署長の抗弁第1項記載のとおり)を明らかに争わず(原告本人の供述)これを自白したものとみなされるから右所得金額の範囲内でなされている本件更正処分は適法であり、これが取消を求める原告の請求は理由がない。

六  原告は被告国税不服審判所長に対し、その裁決の取消を求めているが、原処分の違法を主張するのみで、裁決固有の瑕疵を何ら主張、立証しないから、右請求は失当である。

七  よつて、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄 富川秀秋 房村精一)

別表〈省略〉

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